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DXを加速させる「リーン」の考えとは?“より良くより早く”価値を届ける手法を知ろう

DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるにあたり、最近注目されているのが「アジャイル」や「DevOps」です。簡単に言えば、「アジャイル」は迅速かつ柔軟に進化していくための方法論、「DevOps」は開発と運用が協働して価値を生み出し続けるための考え方です。実は、その元となっている考え方が「リーン」です。

本記事では、リーンの基本的な考え方について紹介します。

著者紹介

株式会社ITプレナーズジャパン・アジアパシフィック
最上 千佳子

システムエンジニアとして提案、設計、構築、運用、教育など幅広く経験。2008年、ITサービスマネジメントの教育とコンサルティングを行うオランダQuint社の日本法人、日本クイント株式会社へ入社。ITIL® 認定講師として多くの受講生を輩出。2012年3月、代表取締役に就任。ITSM、リーン、アジャイル、DevOps等、ITをマネジメントにより強化しビジネスへ貢献するための、人材と組織の強化に従事。2022年4月日本クイント株式会社は、BBTグループの株式会社ITプレナーズジャパン・アジアパシフィックと統合。
著書:「ITIL® はじめの一歩 スッキリわかるITILの基本と業務改善のしくみ(翔泳社)」「ITIL®4の教本 ベストプラクティスで学ぶサービスマネジメントの教科書(翔泳社)」

DXを進める中でよくある課題

多くの企業や組織が、DXに乗り出し始めました。そのような中で、以下のような課題に直面している例が少なくありません。

  • 「なぜDXが必要なのか」「なぜ変わらなくてはいけないのか」の納得が得られず、現場の抵抗感が大きい
  • アジャイルの「手法」だけを先行して導入したが、「本質の考え方」が理解されていないので途中から効果が薄くなる

これらの課題を乗り越えるために、アジャイルの元となっている「リーン」の考え方を理解することは非常に有用です。

リーンとは

リーンは「痩せた、無駄な贅肉を削ぎ落した」という意味の英語 “Lean” に由来しています。つまり、「より良い価値をより速く、顧客にお届けする」ための考え方と手法と言えます。

その起源は「トヨタ生産方式(TPS : Toyota Production System)」であり、それが1980年代にアメリカ・マサチューセッツ工科大学で「リーン生産方式(Lean Production System)」として提唱されました。

これに端を発し、「リーンスタートアップ」(※1)「リーンエンタープライズ」(※2)「リーンマネジメント」(※3)「リーンIT」(※4)など、様々な手法が発表されてきています。

〜注釈〜

※1 リーンスタートアップ:スタートアップ(新規事業の立ち上げ)をリーンに(無駄なく、効率的に短期間で)行うこと、およびそのためのマネジメント手法

※2 リーンエンタープライズ:リーンスタートアップを企業に適用するための方法論

※3 リーンマネジメント:無駄を省き、プロセスを改善することにより効率化・コスト削減を実現しながら顧客への価値を提供し続けるためのマネジメント手法

※4 リーンIT:リーンの考え方をITの現場に適用した事例を元にしたフレームワーク

リーンの本質① 顧客志向

みなさん普段の業務で「この作業は無駄だ」「無駄を無くして効率良く働こうよ」というように、無駄を削減する工夫をされているかと思います。

このような活動はリーンの一つと言えるのですが、実はその前に考えたい重要なポイント(観点)があります。それは「誰にとっての無駄なのか」という観点です。これが明確でないと、複数の立場の人が集まったときに意見が割れてしまいます。

リーンではその軸として「顧客」を置いています。つまり、「顧客に対して価値を提供できるかどうか」を基準に、あらゆる物事から無駄を削減します。

リーンの本質② 継続的改善

もう一つ重要なポイントが「継続的改善」です。つまり、一度改善したら終わりではなく、改善し続けるということです。

「ちゃんと改善すればそれ以上改善することはなくなるのでは?」と思われるかもしれません。しかし、環境変化や顧客自身の変化(価値観の変化を含む)により、もっと改善できることができてくるものなのです。

また、ある箇所の改善は完了しても、他の箇所に改善の余地は残っているはずです。1つ目の本質である「顧客志向」を軸に考えると、継続的改善は自然なことと思えるのではないでしょうか。

このように、「顧客により良い価値をより速くお届けするために、更に何かできないだろうか?」と常に追求し続ける熱意と姿勢と方法論がリーンなのです。

「顧客に価値を提供する」「継続的に改善する」というのは、日々の業務や生活の中で当たり前のように使われている言葉ではないでしょうか。しかし一度立ち止まって振り返ってみてください。

  • 常に顧客に価値をお届けすることを心から願って仕事をしているだろうか
  • より良い価値を届けるために、日々改善できているだろうか
  • 何か課題に直面したときに、顧客への価値提供を軸にして判断できているだろうか?(自分たちの短期的な利益を最優先にしていないだろうか)

誤解のないように補足説明すると、顧客のニーズに応えようとするあまり、採算を度外視して開発を進めたり、負荷の高すぎる業務フローを採択したりするのはよくありません。それはサスティナブル(持続可能)では無いからです。しかしながら、短期的な目先の利益だけを考えて改善の手を緩めるといったようなことがあってはなりません。

当たり前だけれども、徹底する追求することが難しい、だからこそ、私たちの働き方のよりどころとなる考え方がリーンと言っても過言ではないでしょう。

リーンを学ぶ上で知っておきたい周辺知識

リーンについて理解を深めたところで、関連する他の手法やフレームワークにも触れておきましょう。

冒頭で、リーンはアジャイルやDevOpsの元になっている考え方だと紹介しました。アジャイル開発には、リーンの考え方がどのように反映されているのでしょうか?

アジャイルに取り入れられているリーンの考え方の例

例えばアジャイルでは、作業を短い期間に区切り、その期間内に実施できる作業を計画し、期間内にその作業を完了させ、顧客に使ってもらってフィードバックをもらい、振り返り、軌道修正をして前に進みます。

一体なぜこのような進め方をするのでしょうか。それは常に最新の顧客の要件に適合するものを提供するためです。

「顧客にとって価値があるものを提供できているだろうか?」を追求し続けているわけです。「顧客への価値提供」を大切にし、「改善し続ける」という点が、リーンとの共通点です。

開発と運用の協働を目指す「DevOps」

DevOpsはDevelopment(開発)とOperations(運用)の間の壁を取り除くDevOpsも、目指すところは同じで、顧客にとっての価値を追求するためです。

DevOpsは、開発工程や運用工程それぞれのブラッシュアップというよりも、開発と運用の間のスムーズな協働を実現することに重点が置かれています。共通で利用できるツールの話などもありますが、カルチャの醸成も重要とされており、そのために必須とされているのがリーンの考え方です。

なお、DevOpsでは、顧客(開発するソフトウェアの依頼主/オーナー)も一緒になって考え行動する重要性を表現するため “BizDevOps”(BizはBusiness)と呼ばれることもあります。

現状の業務を可視化し、分析するための手法「VSM」

顧客へ無駄なくスピーディに価値を届けるためには、まず現状の作業状況とかかっている時間を可視化することが欠かせません。

同じ作業でも、意外と人によって手順が異なっていたり、短時間でできていると思っていた工程の手戻りが多かったり、次の工程を開始するまでの待ち時間がかかったりしていて、全体のリードタイム(お客様に価値を届けるまでの時間)が想像以上に長いと気づく場合があります。

このような現状と将来のあるべき姿を可視化するための手法として、有名なものにVSM(Value Stream Map)があります。

VSM(Value Stream Map)とは、顧客へ価値を届けるまでの流れ(Value Stream)を絵(Map)に描いて可視化する手法です。Value Streamの無駄を洗い出してチームメンバーで認識し、改善していくためのインプットとなります。

なぜリーンの考え方がDXに活かせるのか?

あらゆるビジネスは、顧客から求められ、顧客に価値を提供するからこそ、その対価をいただき、その循環の中でビジネスを維持することができ、より多くの価値を提供することができます。

しかし顧客が求めるものは顧客にしかわかりません。顧客すら自身が求めるものを明確に認識していて言葉で説明できないことが多々あります。だからこそ、顧客に要望を聞いてその通りに作れば正解というわけではなく、作ったものを使ってみて初めて、価値があるかどうかがわかるのです。その使ってみた結果と感想を元に、軌道修正したりより良い価値を作り日々進化していきます。

そしてこの進化を進めるために参考となる考え方と方法論として、リーンやアジャイルがあります。

リーンは、組織やプロセスの効率性と効果性を向上させるための方法論です。

顧客を中心に考え、顧客により良い価値をより速く届けるために、その妨げとなる無駄を排除し、改善の文化を根付かせ、組織やプロセスの生産性を高めるための考え方と方法論です。

DXでは、デジタルテクノロジーやデータの活用が中心となりますが、それらを効果的に導入・活用するためには、プロセスが洗練されていることが肝となります。さらに、新しいテクノロジーやデジタルソリューションの導入という変化を受け入れる、つまり継続的な改善のカルチャーは、まさにイノベーションの促進のために必須と言えます。

したがって、DXにおいてリーンを取り入れることは、組織の競争力と生産性と持続可能性を強化するために重要です。

リーンの研修を受講するには

ITプレナーズでは、リーンおよびLeanITの考え方や方法論をもとに、講師が分かりやすく事例を交えて講義を行い、演習を通して学習を促進する研修を用意しています。

記事中に出てきたVSMの手法を学ぶ研修も用意しています。